翻訳と日々

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クリスマスの手紙 / イワン・イリイン

それは数年前のことだった。みながクリスマスを祝うために集い、ツリーやプレゼントを用意していた。だが私はただひとり異国の地にいて、家族もいなければ、友人もおらず、すべての人から見捨てられ、忘れ去られた気分だった。あたりは空疎で愛もなく、遠くの街、知らない人たち、干からびた心。悲しい気持ちで鬱ぎ込んでいたそんな時に思い出した古い手紙の束は、わたしたちの暗黒の日々のあらゆる試練を越えて守り抜くことができたものたちだ。それを鞄から取り出してある手紙を見つけだした。

  それは亡き母の手紙で、27年前に書かれたものだった。なんと幸運なことだろう、その手紙のことを思い出せたなんて!私の言葉で伝えることなんて不可能だから、まるごと書き写すしかない。

 「親愛なる我が子、ニコーレニカへ。あなたは孤独だと愚痴をこぼすけれど、あなたの言葉にわたしがどれだけ悲しくて辛い思いをしてるかわかってほしいわ。どうしてあなたのもとへ行って、あなたは一人じゃないし、一人でいることなんてできないと教えてあげられないのでしょう。けれど知っての通り、父さんのことを放ってはおけないのです、あのひとはとても苦しんでいて、わたしの看病がひと時も欠かせないほどなの。あなたのほうは試験の準備をして大学を卒業しなくちゃいけないわね。でもあなたに話しておくわ、どうして私が決して孤独を感じないのか。

 人が孤独なのは、愛する人が誰もいない時なのよ。なぜなら愛は糸のようなもので、私たちを好きな人と結びつけているものだから。だからこそ私たちは花束をつくるの。人というのは――花であり、花束の中の花たちはひとりぼっちにはなれない。そして一つの花が満開になって香りを漂わせるれば、庭師がそれを摘み取って花束に入れるの。

 わたしたち人間も同じなのよ。人を愛すると、その心は花開いてかぐわしく香り、そして愛を贈るの、花が香りを届けるのと全く同じようにね。けれど孤独じゃないのなら、それは心が愛する人のもとにあるということなの、その人のことを考えて、その人のことを心配して、その人が喜でいると喜んで、その人が苦しんでいると苦しくなるの。自分が孤独だと感じたり、孤独かどうかを思い悩む時間なんてのもなくなるの。愛していると自分のことは忘れてしまって、他の人たちとともに生き、他の人たちの中で生きるの。それこそが幸せなのよ。

 私にはあなたの疑り深い青い瞳が目に浮かんできて、静かに反論するのが聞こえるようだわ、そんなのは半端な幸せであって、本当の幸せは愛することなんかじゃなく、愛されることだって言うのがね。でもそこにちょっとした秘密があるの、こっそり教えてあげるわね。本当に愛している人というのは、問い詰めたりケチケチしたりしないものなの。勘定したりあれこれ聞いたりもしないのよ。自分の愛が何を連れてきてくれるだろうか?同じ分だけ与えてもらえるだろうか?もしかしたら、自分の愛の方が大きくて、それほど愛されてないんじゃないか?この愛に身を委ねる価値が自分にはあるだろうか?……こんなことはみんなあてにならない無用なものなの、このすべてが意味することは、愛がまだない(生まれていない)かもう無い(死んでしまった)ということなの。ことこまかに大きさや重さを測ったりすることは、胸の奥から押し寄せる生きた愛の流れを遮って、堰き止めてしまうの。大きさや重さを測る人というのは、愛してなんかいないの。そんな時にはその人のまわりは空虚となって、胸の奥に差し込んで温めれくれるような光もなく、他の人たちもすぐにそれを感じ取るのよ。その人のまわりは空虚で、冷たく、情けもなく、そっぽを向かれて、その人からのぬくもりを期待すらしてくれないわ。それがその人をさらに冷淡にしてしまい、そうして完全な孤独の中に居座って、避けられ不幸になるの……

 それじゃダメなの、ねえ、愛を自分勝手に胸の奥から流れるままにさせなくてはいけないし、同じだけ与えてもらえるかなんて思い悩む必要なんてないの。人々を自分の愛で目覚めさせてあげなくちゃいけないし、愛さなくちゃいけない、それが人々を愛へ招くの。愛することは――半端な幸せなんかじゃなくて、本当の幸せなの。ただそのことをわかってほしいの、そしたらあなたの周りでは奇跡が起こり始めるわ。心の流れに身をまかせて、愛を自由にさせてあげるの、愛の光が輝くままに四方八方に温もりを与えるの。その時、あなたはすぐに感じるわ、あなたの方へあちらこちらから流れてくる返礼の愛を。どうしてかって?それはあなたの無邪気で無欲な思いやりが知らず知らずのうちに人々のなかに思いやりと愛を呼び覚ますからよ。

 その時あなたが経験するお返しに戻ってくる流れは、あなたが求めて得るような「本当の愛」とは違って、身に余るほどのこの世の至福であり、そのただなかであなたの心は花開き歓喜するの。

 ニコーレニカ、わたしの子。このことを考えては私の言葉を思い出すのよ、あなたがまた孤独を感じるような時にはね。特にわたしがこの世からいなくなる時には。心穏やかに安心していなさい、なぜなら主は――わたしたちの庭師であり、わたしたちの心は――主の庭の花なのだから。

 二人であなたにやさしい抱擁を送るわね、お父さんとわたしから。

母より」

 ありがとう、母さん!愛と慰めをありがとう。そう、いつもあなたの手紙を涙なしには読めないんだ。ちょうど手紙を読み終えた時、徹夜禱を告げる鐘が鳴った。ああ、身に余るほどの地上の至福よ!

 

初出:1930年代

 

出典:Ильин, Иван. Рождественское письмо.  《Рождественские рассказы русских писателей》М.: Издательский дом《Никея》 2017. С.374-377