翻訳と日々

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月面にて(レントーフスキーの夢幻劇『月への旅路』に入らなかった一場) / チェーホフ

 

 

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月の天文学者1:
見てごらんなさい、同僚くん、地上がなんと明々としている事か、あそこはグロドノの町があるところだ!あれは、ぜったい、大火事です。きっと、町全体が燃えているのだ。

 

月の天文学者2:
あなた、何を言っているのです!ただどこかで娯楽がてらに点けているイルミネーションにすぎませんよ。

 

月の天文学者1:
どうしてそう思うのかね、同僚くん?

 

月の天文学者2:
そんなおそろしい火事が起これば、人々が駆けずりまわって、あくせくして、あわれにも火事に見舞われた人のために署名を集めだし、いくつもの慈善委員会が組織され、家を無くした人のための募金箱も出てきますよ……。ところがそんなものはないし、地上はまったくもって静かで、穏やか、そして誰もが深い、平和な眠りに勤しんでいます。すべてが平和の中にあるのは明白です。

 

 

初出:1885年6月

 

出典:ФЭБ: Чехов. На Луне. — 1975 (текст)

 

ひとこと
おそらく本邦初訳(?)。ロシア科学アカデミー版のチェーホフ全集の第3巻に収録されている、Подписи к рисункам(絵の説明文)にまとめられているショート・ショート・ショート集の一作。チェーホフ特有のユーモアとシニカルさがうかがえる作品です。