翻訳と日々

著作権切れの作品を翻訳したりしています。

クリスマス週間 (2) / アントン・チェーホフ

 

                   Ⅱ

 

 B. O. モゼリベイゼル医師の水治療院は新年も平日と変わらず開いていたが、ただ守衛のアンドレイ・フリサンフィチだけが真新しいモールのついた制服を着て、なにやらとりわけ長靴が輝きを放ち、やって来る人たち皆に新年を、それから幸多き一年になることを祝っていた。

 朝だった。アンドレイ・フリサンフィチはドアの前に座って新聞を読んでいた。ちょうど10時にやって来た将軍は、懇意の仲の、通院患者のひとりで、その後ろには――郵便局員がついていた。アンドレイ・フリサンフィチは将軍の外套を脱がせ、こう言った

 「明けましておめでとうございます、幸多き一年になりますように、閣下殿!」

 「ありがとう、守衛くん。君もな。」

 そして階段を登って、将軍はあごでドアの方を指して訊いた(彼は毎日そう訊いて毎回あとになって忘れているのだ)

 「ところでこの部屋にはなにがある?」

 「マッサージルームでございます、閣下殿!」

 将軍の足音が静まったころ、アンドレイ・フリサンフィチは受け取った手紙に目を通して、その一通に自分の名があるのを見つけた。開封して数行読むと、そのあと急ぐでもなく、新聞を見ながら、自分の部屋のある、階の真下の廊下の突き当たりへ向かった。彼の妻のエフィーミヤはベッドに座って赤ん坊に授乳しており、もうひとり、一番上の男の子がそばに立って、彼女の両膝にちぢれ毛の頭を置き、3人目の子はベッドで寝ていた。 

 部屋に入りながら、アンドレイは妻に手紙を渡して言った。

 「きっと、村からだな」

 そのあと彼は出ていって、新聞から目も離さず、廊下の、部屋のドアからそう遠くないところで立ち止まった。聞こえて来たのは、エフィーミヤが震えた声で最初の数行を読んでいるところだった。それ以上読み進めることはできなかった、彼女にはその数行で十分で、涙があふれ出し、上の子を抱きしめると、キスをして、話しをしはじめたが、彼女が泣いているのか笑っているのかは見分けがつかなかった。

 「おばあちゃん、おじいちゃんからよ……」彼女は言った。「村からよ……聖母様、なんてことでしょう。向こうじゃ今ごろ雪が屋根まで積もって……村は真っ白になってるのよ。

 子どもたちはちっちゃなソリに乗ってね……それから禿げたおじいちゃんはペチカの上で寝そべってるの……それから黄色い子犬がいて……愛する父さん母さん!」

 アンドレイ・フリサンフィチがそれを聴きながら思い出したのは、3度か4度ほど妻から手紙を渡され、村に送ってくれるように頼まれたこと、しかしなにか大事な用事に邪魔されて、送らずに、どこかへほったらかしにしていたことだった。

 「野にはウサギたちが駆けまわってね」エフィーミヤは嘆き悲しみ、涙に濡れて、息子にキスをした。「おじいちゃんはもの静かで、やさしくって、おばあちゃんもやっぱりやさしくて、思いやりがあって。村では心の底から生きていて、神さまを恐れてるのよ……それから村の小さな教会じゃ女たちが聖歌隊で歌ってね。どうか私たちをここから連れ去ってください、聖母マリア様!」

 アンドレイ・フリサンフィチは誰もいないうちにタバコを吸おうと部屋に戻ると、エフィーミヤは急に黙り込み、静かになって目を拭い、ただ唇だけが震えていた。彼女は彼のことをとても恐れていた、ああ、本当に恐れていた!ビクビクして、彼の足音、目線に怯え、彼のいる前では一言も発することができなかった。

 アンドレイ・フリサンフィチはタバコを吸い出したが、ちょうどその時上の階から呼び出された。タバコの火を消すと、真面目な表情を作り、正面扉の方へ駆けていった。

 階上から降りて来た将軍は、湯船上がりで火照って、つやつやだった。

 「この部屋はなんだね?」ドアを指してそう訊いた。

 アンドレイ・フリサンフィチは体をピンと伸ばし、手を縫い目に沿わせ、大きな声で発した。

 「シャルコー式シャワーでございます、閣下殿!」 

 

 

1900年1月1日

 

feb-web.ru

 

・ひとこと

121年前の今日、『ペテルブルグ新聞』にて発表された作品。当然過去に素晴らしい訳が出ている作品ですが、故郷と離ればなれで過ごすこの年末年始ともリンクする気がしたので、数年前に訳しておいたものを少し手直しし掲載しました。

チェーホフ作品では届かない手紙がよく出て来ます(同じくクリスマス物語の「ワーニカ」など)。これも一方からは届くけれども、他方からは届かない。そこにはさまざまな問題があり、コミュニケーションは常に断絶されている。例えば、娘の手元に届いた両親からの手紙とて、誤字脱字たっぷりで、意味不明な内容です。ここには「ディスコミュニケーション」という、これまたチェーホフ作品によく出て来るテーマがあります。

ちなみに「クリスマス週間」とはロシア語で Святки (スヴャートキー)と言い、ロシアの旧暦でクリスマスイヴの12月24日から洗礼日の1月6日の期間のこと。現在のロシアでは1月7日がクリスマスで、19日が洗礼日になるようです。

最後に出て来るシャルコー式シャワーとは、フランスのジャン=マルタンシャルコーが発明(?)したもののようです。(↓wikipediaより参考写真)

https://ru.wikipedia.org/wiki/Душ#/media/Файл:Jugadušš_(šarko)_Moinaki_limaani_kõrgsoolase_veega..jpg